ヤコブ --回復する礼拝
2004/10/24
こひつじキッズ(僕の行ってる教会の子供向けの礼拝の時間の名前。教会学校のこと)にて
創世記46:1〜4
こんにちは。motomutanakaです。普段は大人の礼拝にしか出ていませんけど、今日はお友達のみんなと神様を礼拝できて嬉しいです。
本当は今日はダニエルさんのお話だったはずなんだけど、ごめんなさい、ヤコブという人のことについて話をさせてください。
ヤコブさんは神様を信じていました。ヤコブのお父さんやおじいさんは神様から約束をいただいていた人たちで、ヤコブさんも、そうでした。神様の約束を本気で信じ、神様が下さるすばらしいもの―祝福といいます―を求めて神様と取っ組み合いをするような人でした。神様とよくお話をし、神様のことをよく礼拝する人でした。
ある時は夢を見ました。天からはしごが下りてきて、そこを天使が行ったりきたりしている夢。神様が私たちの近くにいてくださることが分かって嬉しくなったので、夢から覚めてそこで礼拝しました(べテル)。何年間もお給料なしで働いた時も、神様が共にいてくださったことを知っていました(30:30)し、そこを出るときも神様の声に従って出発しました(31:3、13)。事あるごとに、神様への礼拝をささげる、神様とよくお話しする人でした。
神様が人間を創ってくださったのは、神様にありがとう!って賛美をするためだったと聖書に書いてあります(イザヤ43:4等)。つまり、神様を礼拝するために私たちは創られました。朝起きて、神様おはようございます!友達とけんかしそうになった時に神様、僕の心を守って下さい!って、どうしたらいいか分からなくなったときは神様教えてください!って、嬉しいことがあったら神様ありがとうございます!って、神様とお話していく、神様を礼拝していく、そのために僕たちは創られたんだよね。神様を礼拝できるのは、日曜日のこの「こひつじキッズ」の時間だけじゃなくて、毎日、みんながいるそのところで、神様とお話できるんだよね。みんな、そのこと知ってた?
そう、そしてヤコブさんも神様をよく礼拝する人でした。
ところがある日、ヤコブさんの息子の一人、可愛いヨセフがある日ライオンに食べられてしまった。可愛そうに、野原で彼の着ていた服が見つかりました。ボロボロに破れてた(どうしよう!)。
実はヨセフは生きていて、遠いエジプトの国に連れて行かれていたのです(そう、よく知ってるね)。それから何十年もたって、ヤコブはエジプトでヨセフとまた会うことができるんだけど、でもこの時のヤコブにはそんなことは分からない。悲しくて、悔しくて、ただただ泣いていました。ヤコブは「慰められることを拒んだ」と聖書に書いてあります(37:35)。よっぽど悲しかったんだ。
ヤコブさんはこの悲しい毎日の中で、神様とお話したかな。悲しいその気持ちを神様に持っていったのかな。そのことは聖書に書いてないから分からないけど…。でも、昔のヤコブさんのように、事あるごとに神様とお話して、神様にありがとうを言っていた、そういう日々ではなくなってしまったと思います。聖書には、ヤコブさんが神様を礼拝したっていうお話はそれからしばらく出てきません。
(まあ、話がヨセフさんに移ってるから仕方ないかもしれないけどね。それにしても、)
みなさんの中にも、神様を礼拝するどころじゃない!っていう悲しさの中にいるお友達がいるかもしれないね…。
でもね。
それでも、神様の方から、ヤコブさんにもう一度礼拝の生活を与えてくださる。ヨセフが実は生きていて、エジプトで王様の次に偉い大臣になり、かんかん照りで食べ物がなくなった人々を助けている、そしてヤコブたちをエジプトで待っていると知って、ヤコブは神様に礼拝を捧げて出発するのです。聖書を読みますね。(創世記46:1〜4)
神様は、僕たちが神様を礼拝すること、神様とお話しすることを喜んでくださいます。悲しくて苦しくて礼拝できないようなときでも、神様の方で、私たちに礼拝する心をもう一度与えてくださる。僕は昨日聖書を読んでいて、「ヤコブがもう一度礼拝してる!」って気付いたときにすごく嬉しくなっちゃった。涙が出た。みんなが神様を礼拝できないでいる時も、神様のほうから礼拝を与えてくださる。そのことはおぼえておいてね。だから安心して、神様とたくさんお話していこうね。
♪祈ってごらんよ分かるから(お話が終わった後でこういう名前の子供向け賛美歌を歌いました)
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motomutanaka