仲直り(和解) 〜一番大切なこと

2005.8.28 くおんこひつじキッズ(教会学校)にて

だから、祭壇の上に供え物をささえげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。(マタイ5:23-24)

「祭壇の上に供え物をささげる」とは、礼拝のことです。旧約聖書の時代の礼拝はこういうものでした。みんなも賛美を歌ったり、お祈りをささげたり、献金したりするよね。礼拝とは、クリスチャンにとって一番大切なものです。

それよりも先にしなければいけないことがあると、今日の聖書の箇所には書いてあります。「和解」、仲直りのことだね。みんなは友達とケンカをすることがありますか?自分と相手は考え方が違うよね。ぶつかったり、ケンカしたりするのは仕方ないかもしれない。でも、ケンカした後に仲直りできなかったどうでしょうか。

今から80年、90年くらい前、日本の国はアジアの国に対してとっても悪いことをしました。それが30年くらいずーっと続いたので、アジアの国の人たちはとっても辛い思いをしたんです。その頃子供だった人たちは今、おじいさんおばあさんになっていますが、当時のことをよく覚えていらっしゃいます。

日本だとなかなか聞けないことだから、少し紹介しますね。

さっきも話したけど、自分と相手は考え方が違うよね。日本人同士でもそうなんだから、外国の人とはもっと大変です。外国のお友達と遊んだりお話したことがありますか?例えば韓国ではご飯茶碗を持って食べるのは行儀が悪いことです。お茶碗はテーブルに置いたまま、お箸でこうやって食べるんです。日本と逆だね。韓国に生まれたかった?インドでは料理を手で食べます。それが普通の食べ方なんです。びっくりだね。でも向こうの人はきっと、日本人は何でこんな小さな木の棒でご飯を食べるんだろう、って思っています。違う国の人に対して、「日本人みたいになれ」「日本人のように考えろ」「お前たちのそのご飯の食べ方、そういうものの考え方はだめだ」「そんな言葉も使っちゃだめだ、日本語を話せ」「なんだ、その外国人みたいな名前は。日本風の名前に変えろ」「聖書の神も信じちゃだめだ。日本の神を拝みなさい」、日本はこういうことをしたんだ。悲しい話だね。

僕は先週韓国に行って来たので、今日は韓国のお話をします。韓国のおじいさん、おばあさんが子供の頃の話をしてくれました。

あるおばあさんが話してくれたことには、夜中の二時頃いきなり日本の兵隊がやってきて、お父さんを捕まえていっちゃったんだそうです。みんなどうする?夜中にいきなり銃を持った兵隊がお父さんやお母さんを連れて行ったら。安心して眠っていたのに、いきなり「おい!おまえを捕まえる!」なんて言ってズカズカ入ってくるんだよ。このお父さんはすごく高齢で体も弱く、捕まったその先で亡くなったそうです。

この人は牧師先生でした。この家族はクリスチャンだった。この世界を造られた聖書の神様を信じて、日本のいろんな意地悪にも反対していた。だから軍隊の人たちに「あいつは捕まえた方がいい」って、連れて行かれちゃったんです。この頃まだ子供だったそのおばあちゃんは、学校で「神社に向かって敬礼!」なんてやらされたときにも「私は聖書の神様以外は礼拝しません」って言って怒られたり、給食をストップさせられたりしたそうです。

ほかにもいろんな人の話を聞きましたが、今日は時間がないからまたいつかにします。

このおばあさんはそれからずーっとして戦争が終わってから、「日本がした悪いことを赦して下さい。どうかその当時の話を私たちに聞かせてください、私たちもよく知っておきたい」と日本のクリスチャンに招かれて、お話をしに日本に来たそうです。でもその心の中は憎しみや怒りでいっぱいだった。

教会に集った大勢の人の前で、久しぶりに日本人をたくさん見て、昔の恐かったことをまざまざと思い出し、ブルブル震えて何も話せない。しばらくそのまま立っていたそうです。会場はシーンと静まり返っただろうね。ごめんなさい、って集っている日本の人たちが鬼のように見えたそうです。

そうしたら神様の声が聞こえた。お前は日本に何をしに来たんだ。お前は日本人を赦せないのか。私はこの人たちのことも愛している。何も話さないなら、このまま韓国へ帰れ。

その場で神様にごめんなさいとお祈りをしたそうです。私はこの国の人たちが私と私の家族にしたことを忘れられない。でも、イエス様が私の罪を赦してくださったから、そして神様は日本の人たちのことも愛しておられるから、私も日本人を赦します。心の中でそうお祈りをした。そして目を開けると、それまでは鬼のように見えた日本人がね、兄弟のように見えたって。そしてしっかりとみんなの前でお話をして、そして日本人のごめんなさいを受け入れて、和解、仲直りができたのだそうです。

先週四日間韓国にいて、最後の日、このおばあさんに挨拶をすることができました。はるばる韓国まで来てくれたんだね、ありがとう、という素敵な笑顔で「日本の青年は宝物だ」って言ってくれた。僕が今神学校で聖書の勉強をしていて、神様のことを伝える人になると言ったらとても喜んでくれました。「日本人みたいになれ」「日本人のように考えろ」「日本語で話せ」「日本の名前に変えろ」「聖書の神も信じるな、日本の天皇を拝め」そんなことをされたのに、神様の愛によって僕たちの国、日本を赦してくれたんです。そしてさらに、今までは片方が謝って片方が赦す関係で、それは和解をするためにとても大切なことだけど、これからはお互いに一致して、神様の福音を世界に知らせるために手を取り合っていきましょう、一緒に頑張りましょう、って言ってくれたんです。これはとってもすごいことだと思いました。

さて。みんなには、今赦せない人がいますか?または、謝らなきゃいけない人がいますか?イエス様に謝らなきゃいけないことはないかな?この和解(仲直り)という言葉についてもう一箇所聖書を読みますね。

Uコリント5:17,18
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

僕たち私たちの罪を、神様が赦してくださったから。イエス様の十字架で赦してくださった、神様との和解を与えてくださった。だから、僕たちもお友達と和解ができるんだね。このことをよく覚えておいてくださいね。お祈りしましょう。

(第二回日韓親善教会宣教大会に参加後、教会学校でのメッセージにて。大会中の諸メッセージに、また韓国の方々との交わりに、そしてその場に満ちていた空気に大いに感化されつつ)




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